チーズとお味噌 – 日本人のイギリス生活

チーズについて学んだ日本人が、お味噌を手作りしたくなってみるのはよくあるパターン。チーズとお味噌、それぞれの食文化の中での立ち位置が似ているからなのかもしれません。発酵、熟成、タンパク質分解などなど、共通項もたくさん。そして、海外生活が長くなってくると日本人は必然的にお味噌を作るようになります。つまり、個人的に、お味噌を作るための要因をダブルで背負っているのです。イギリスへの移住初期にイギリス永住の大先輩にお味噌作りを伝授していただき、それ以来、お味噌は毎年手作りしています。海外でお味噌を作ると楽しいだけでなく、心の満足度も非常に高いものです。家にいつも数キロのお味噌が眠っているという事実には、本能的な安心感さえ感じ、眠っているお味噌たちが我が子のように愛おしくもなります。

イギリスで入手できるものを活用(ローカライズの第一歩)

コロナ禍以前は、毎年夏休みの日本一時帰国の際に、乾燥大豆と麹をイギリスへ持ち帰り、冬にそれらを使ってお味噌を作るというのが当然の流れでした!そう、なんの疑問もなく、それが普通のことだったのです……幸いロックダウン中に地元の友人が Koji Works (@japanese_ferments) という素晴らしい事業活動をはじめたことで、もはや、イギリスの田舎で暮らしていても、麹はオンデマンドで購入できるようになりました。麹さえあれば、イギリスで作る日本の味はもはや無限に広がります(詳しくはこちら)。さて、コロナパンデミックもそろそろ、終息……?そして、世界は今、ウクライナ紛争の終結に必死です。世界の食の確保はまたも大きく揺さぶられています。イギリスではすでに良質の乾燥大豆はなかなか手に入りません。日本産大豆の品質の素晴らしさを知っていると、泣きたくなる状況です。きっと、これからも、世界の大豆の需給状況は逼迫した状況が続くと予想されます。であれば、日本産の大豆の代替となる、欧州産の豆を探せば良い?ということで、まず行きついたのが、スペイン、アストゥリアス州の白いんげん(←持続性を考慮し、できるだけ近いところのものが良い!と考えています。残念ながら、寒くて雨が多いイギリスでは豆はあまり生産できないようです)。昨年11月に開催されたWorld Cheese Awards 2021の開催地はこの地方のOviedo市。チーズ関係者(つまり、食にこだわる方々)が世界から集まり、みんながこぞって食したのが地元のFabadaという郷土料理。言っちゃなんですが、料理スキルはほぼ求められない、単純な豆のシチュー。どうやら、有名なお料理のようです。地元のデリやスーパーには必ず、Fabada を作るための材料がセットになって販売されていますし、マーケットへ行けばどこも、乾燥白豆が山積み。食べてみると……豆本来の美味しさが素晴らしずぎるのです!しかも、日本人にはどこか懐かしい風味も……なるほど、チーズというナチュラルな食品に関わる人たちがこぞって食べたくなるのはよく分かります。地元産の豆の風味。つまり、この地だからこその味わい、豆のテロワールなのです。このお豆、もしかしてお味噌にできるかも??というのが頭をよぎりました。

そして、スペインからイギリスへ戻る際、1kgほどのこの乾燥白いんげん(正式名称はFaba Asturiana PGI) を持ち帰ったのですが……イギリスでも買えるだろうと思い込み、お味噌にするまでもなく、Fabadaにして食べきってしまって後悔!!さすがPGI(EU の地理的表示保護)取得の伝統白いんげん豆。きっと地元で食べ尽くされ、輸出はされていないのかもですね。こんな近くのイギリスでも購入できない雰囲気……EU離脱の壁??こんな時、活躍するのがチーズが繋ぐご縁。チーズ業界イベントで、たまたま在英のスペイン食材輸入業者さんとゆっくりと味噌話(ヨーロッパのチーズに関わる人はお味噌と豆腐に高い関心を寄せます)をしていたら、Faba Asturiana ととても似ているお豆を取り扱っているとのことで、紹介してくださいました。アストゥリア州のお隣のガリシア州の白豆。見た目もそっくりです。すでに時は5月。お味噌作りのシーズンではありませんが、とりあえず実験。お願いすれば、Koji Works さんがすぐに麹は作ってくださる。ガリシア白豆とイギリス産米麹でお味噌もどきを少量作ってしばらく冷蔵庫で寝かせてみることにしてみました。お味噌だけれど、もはや日本産のものは麹菌のみ。お米はイタリア産、お豆はスペイン産。ならば、瓶の消毒には焼酎ではなく、イギリス産のシングルモルトで。なかなかハイブリッドなお味噌です。結果がわかるのは10ヶ月後くらい??どんなお味噌になるのでしょうか?

Faba Galician の栄養成分(生産者さんがお取引先へお知らせしている予測数値)

自前のチーズの熟成と日本酒(つまり麹)知識、そしてこれまでのお味噌作り経験から予測するに……甘くて、ちょっとねっとりとしたお味噌になりそうです。大豆はタンパク質の割合が高い!それに比べると、Faba の方は、炭水化物の割合が高い!チーズ理論をそのまま応用するなら、炭水化物は発酵で酸味になるか、熟成で甘味になるはず。タンパク質はうまみ。香気成分のもととなる脂質の割合にも大きな差があります。しかし、脂質は苦味のもとにもなりえるので、この差がどう出るのか?結局は今年の冬のお楽しみなわけです。歴史を辿ればチーズは社会状況や自然環境に対応しながら発達してきました(拙著「とっておきのイギリスチーズ」)ご参照くださいね!!)。お味噌も変化、発達し続けても良いのではないかと思うわけなのです(笑)。最後までお読みいただき、ありがとうございました。